
ロイ・リキテンスタインの1961年のドローイングに『KNOCK KNOCK』というのがあります。
ドアが激しくノックされているマンガの1コマみたいな絵。
画集の隅っこに、カットみたいに入ってた図版が気に入って、いつか自分用のTシャツの柄にしたいなと思ってます。
大きいキャンバスに黒一色でペイントされたものを想像していたんですが、実際には1961年時点ではマンガの原稿みたいな、ペン画のドローイングだったみたいです。
1975年におそらくリキテンスタインの展覧会かなんかのポスターになったみたいで、いまは版画にもなってて買えるらしい。
1961年といえば、私は中学二年生のころなんだけど、岩田一男の『英語に強くなる本』が3ヵ月で100万部という大ベストセラーになった年でもあります。
そのころは「英語に強くなりたい」と思っていたものか、めったに本なんか買わなかったのに、こづかいでこの本を速攻で買ってます。
当時の日本人の80%は知っていたんじゃないかという「常識」。
アメリカに行って、トイレに入っている時、外から激しく扉を叩かれたらなんと英語で返答したらいいか? というのの解答を、これで私も手に入れたというわけです。
英語に強い人は、少しもあわてず
「Someone in,」
と答える。これがいまアメリカで流行ってる言い回しです。というような調子で書かれていました。
つまり「ダレカ イルヨ」って言ってるみたいなことで、なるほどアメリカ人は冗談好きだからなァ、と中学生は納得した。
「ダレカイルヨって、それはお前だろ」って話ですけど、終わって出てきた時にまだ待ってられたら、ちょっとバツが悪くないですか?
後になって、そんなもんノックし返すか、とりあえずなんか声出すだけでいいんじゃないの? などの意見も出たけれども、当時の日本人は、アメリカ人にノックされたら、もう絶対「だれかいるよ」と言ってやると決めていたと思う。
もっともあれから64年経ったけど、一度だってこのせっかく覚えた英語を使ったことはない。
もうひとつ、アメリカ人は便意を催してちょっと席をはずしたい時に
Nature calls me. 「自然が私を呼んでいる」
と言うんだというのも、この強くなる本で読んで覚えた英語だけれど、64年間未使用です。
覚えた外国語の使用ってことで、いま突如思い出したのは、国交回復直後だった中国にピンポン外交の卓球選手団にまぎれ込んで中国旅行した時のこと。
香港から深圳の検問所に入った時、当時は鉄道の軌道の巾が違っていたとかで列車の台車が交換されるんだったか、つまり国境でしばらく待たされることになった。
満面に笑みをたたえた中国の係の人が現れて(当時、中国人はものすごく愛想がよかった)お待たせして退屈されてるでしょうから、今から私が即席の中国語講座をいたしましょう。
といってるそばから中国茶がフタ付のカップで、一人ずつに配られる。これはサービスですから遠慮なくお召し上がりください。
「みなさんが、もしレストランなどに入られてお茶を召し上がりたい時に、使える中国語をこれからお教えします」 と言うと黒板に
请给我茶と簡体字で書いて
「チン・ゲー・ウォー・チャー」とチョークで一字ずつおさえながら発音する。
「ハイ!」と言うような顔をしているので、しかたなく、我々ピンポン外交団も声を揃えて
「チン、ゲー、ウォー、チャー」
と発声すると、係の人はものすごく嬉しそうです。
その発音練習を五回くらい繰り返したでしょうか。なるほど漢字一字一字の意味も分かるし、発音も納得できる。 係の人は、どうもいつもこうしてるらしくて慣れた口調で
「みなさん、これだけお茶を飲んだら、中にはそろそろトイレに行きたくなった方も、あるんじゃないですか?」
と言って、黒板の請給我茶の隣に、今度は
厕所在哪儿
と書いて、また一字一字チョークで指しながら
「ツー、スォ、ツァイ、ナー、ル」
と発音を促します。それは字の形から大体「トイレはどこですか?」だろうと分かりますから、みんな少し、先刻よりは遠慮がちの声で先生に唱和すると、発音が違ってしまうらしく「もっと強く!」といった調子で 「厕所在哪儿!?」 と唱和させられました。
やっと一段落ついて、先生もみんなも、ちょっと顔がニヤついたところで即席会話教室は終わりました。私は、なんとなく自然に呼ばれたような気がして、立ち上がると、部屋から出ていって、廊下を歩いてる中国人(その頃は中国人は全員人民服を着ているのですぐわかる)に、大きな声で話しかけました。
「厕所在並哪儿!?」
中国人のおじさんは、スグ手まねで、厕所への道順を指し示してくれました。
「通じたな」 と私は習いたての中国語が通じたので嬉しかったかもしれません。
その後あれから50年以上経ったけれども、私の話せる中国語は「你好」「謝々」を除けば、この「お茶を下さい」と「便所はどこですか?」の二つだけで、習得直後に使った「厕所」が唯一実際に使用した中国語ということになります。
ロイ・リキテンスタインは、アメリカ合衆国の画家。アンディー・ウォーホルと並び称されるポップアートの代表的な画家です。


みなみ・しんぼう 1947年東京生まれ。イラストレーター、エッセイスト。本の装丁も多く手掛ける。単著、共著、多数。近著に『仙人の桃』(中央公論新社)、『私のイラストレーション史 ――1960-1980』(ちくま文庫)、『老後は上機嫌』 (池田清彦氏との共著、ちくま新書)など。